休日

通勤電車で倒れる ―人の支えに気づいた朝

こんにちは、スタッフのTKです。

それは通勤電車の車中だった。
いつもと変わらない経路で、いつもと変わらない電車に乗っていた。
ところが、その車中で私は倒れた。

異変はあった。
数日前から体調が思わしくなく、妻からは出社して大丈夫かと心配されていた。

倒れる直前、気が遠くなっていく感覚があり、「あっ、やばい」と思ったことは憶えている。
次の瞬間、はっと気がつくとうつ伏せで床に倒れこんでいた。

「あれ?何が起きた?」

どれくらい気を失っていたのかは定かでない。
とりあえず立ち上がらなきゃ、ととっさに考えた。
立ち上がろうとしたとき、床に血が垂れていることに気が付く。
倒れた際に床に鼻を打ち付け出血していたようだった。

その時、駅に着いた。
乗客の男性の1人が「大丈夫ですか?ひとまず降りましょう」と手を貸してくれ、抱えられるように電車を降りた。
人混みの邪魔にならない位置に私を座らせ、駅員へ声をかけにいってくれた。
同じく乗客の女性が血を押さえるためのティッシュや絆創膏をくれた。
男性は駅員に声をかけた後もしばらくそばにいて声をかけてくれ、見ず知らずの私を介抱してくれた。

倒れたショックだろうか、意識はあるがぼーっとしているような感覚。
血が出ていることは分かったが、痛みは感じていなかった。
アドレナリンが出て痛みを感じないとはまさにこのことだった。
意識があるまま倒れこんでいたらと思うと想像しただけで痛い。
その時はだた人に迷惑をかけている申し訳なさだけがあった。

これは、あとになって気づいたことだが、電車はしばらくホームに停車していたので、
「急病のお客様の救護活動を行っております」というアナウンスが流れていたのだろうと推察される。
その対象にまさか自分がなろうとは思ってもみなかったことだ。

駅員が数人やってきた。
いくつか確認されたことがあったと思うがあまり憶えていない。
憶えているのは、出血があるので自分で病院にいけるか、救急車を呼ぶかの2択を迫られたことだ。

最初は「自分でいけます」と返答した。
しかし、まず病院の場所がよくわからない。
この状態で血を押さえながら一人で病院を探して向かうのは厳しいと思いなおし、やはり救急車を呼んでもらうことにした。

その後は、車椅子を持ってきてくれて改札まで運んでくれ、改札を出たところで待ち構えていた救急隊にストレッチャーに乗せられ、救急車まで運ばれた。
救急車に乗り込むと素早い対応で、血圧や脈拍を測りながら、名前や症状、ここ数日の様子、どういう状況で倒れたのかなどを聞かれた。
搬送先の病院を探す声が聞こえた。

病院が見つかったのか救急車が動いた。
驚いたのが救急車はとても揺れると聞いたことがあったのだが、実際乗ってみると意外と快適だということだった。
体が固定されているため、揺れをあまり感じない。

体感5分ほどで病院に到着し、救急外来に運びこまれた。
病院ではCTや血液検査、複数科の医師による診察などが矢継ぎ早に実施された。
移動は車椅子に乗せられた。そこには押してくれるスタッフの存在があった。

血液検査の結果が思わしくなく、そのまま入院することとなるわけだが、今回の体験を通じて、日常生活では気づくことのなかった「人の支え」の大切さを感じた。

あの朝、様々な人々に支えられ、助けられた。
迅速に対応してくれた駅員や救急隊員、医療スタッフはもちろんだが、たまたまその場に居合わせただけの私を救うために動いてくれた乗客の方には感謝しかない。
はっきりということはできなかった「ありがとう」をあの日支えてくださった方に言いたい。

文:スタッフTK