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プロ野球開幕で思い出す1面大誤報…取材力を磨かれたノムさんとの“騙し合い”

編集部のKUです。

2026年はミラノ・コルティナ冬季五輪に始まり、ワールド・ベースボール・クラシック、サッカー北中米ワールドカップとスポーツのビッグイベントが目白押しです。

そんななか、プロ野球も3月27日に開幕しました。今季はいきなり「伝統の一戦」と呼ばれる巨人vs阪神が東京ドームで行われ、巨人では64年ぶりにルーキーで開幕マウンドに立った竹丸和幸が初勝利。プロとして最高のスタートを切りました。

この試合を見て、私はある記憶がよみがえりました。2001年3月30日。開幕戦は今年と同じ東京ドームでの巨人vs阪神でした。

当時の私はスポーツ紙の阪神担当記者。在阪スポーツ紙にとって、阪神タイガースの記事は連日、1面で報じられ、阪神の勝敗が新聞の売れ行きを左右するほどの大きなトピックです。

今では予告先発が定着しましたが、かつては開幕投手を誰が務めるのかは大きな関心事でした。ただ、当時の阪神は「暗黒時代」と呼ばれる低迷期で絶対的なエースは不在。野村克也監督も煙幕を張り、明かそうとしませんでした。

逆に言えば、そういう時こそ普段から取材している記者の腕の見せどころです。担当記者は2月の春季キャンプから張り付いて投手陣の調子に目を凝らし、3月のオープン戦のローテーションやブルペンに入った回数まで逐一チェックします。先発投手は中6日で登板することが多く、登板日の前々日にブルペン入りするなど投手ごとのルーティンは決まっているため、本人や投手コーチ、ブルペン捕手などにきめ細かく取材することで開幕投手を予想するのです。

当時の阪神は藪恵壹と川尻哲郎という実績のある両右腕がいましたが、2人とも調子が悪かったのか、ケガをしていたのか、開幕投手候補から外れていたように記憶しています。

では誰なのか。

当時の野村監督とマスコミの関係は冷え切っていたため、指揮官は一切口を開きません。チーム全体に箝口令が敷かれていたため、取材を重ねてもなかなか分かりませんでした。

3月29日、東京ドームでの前日練習。この時点でも確信は持てませんでしたが、大阪のデスクに電話すると1面を空けて待っているとのこと。消去法で候補を絞っていき、3年目の福原忍の可能性が高いと判断しました。

私は東京ドームの記者席で原稿を書き、大阪本社へ送信します。しばらくすると、記者席のFAXにゲラが送られてきました。

1面の大見出しは「福原いくぞ!」。インパクトのある紙面を見て、私は「違っていたらどうしよう…」と一抹の不安を覚えました。

翌朝。新聞記者は他紙にスクープを抜かれていないか常に気にしているのですが、私は駅売店に並ぶスポーツ紙を全て買いました。最も記憶に残っているのはライバル紙のデイリースポーツ。1面には「井川」の大見出しが踊っていました。

のちに20勝を挙げる左腕ですが、当時はまだ実績のない21歳の若手です。「やられた!」という気持ちと「それはないやろ」という思いが頭の中で交錯しました。ハッキリとは覚えていませんが、他紙の開幕投手予想もバラバラだったと思います。

午後6時の試合前、スタメンの発表前に報道陣にはメンバー表が配布されます。そこには星野伸之の名前がありました。

オリックスからFAで移籍したものの前年は5勝に終わり、限界説もささやかれていたベテラン左腕です。本人も開幕投手は否定していたのですが、まんまと騙されました。

結果的に私が書いた1面記事は大誤報…。まあ、全紙誤報だったので痛み分けといったところではありましたが、策士・野村克也にやられたと感じたものです。

ただ、試合結果は3-17の大敗。シーズンでも阪神は4年連続となる最下位に終わり、同年オフに野村監督は辞任しました。

誤報はメディアとして、記者として恥ずべきことなのですが、そんな経験が実は貴重で、取材力や観察眼など記者として必要な資質が磨かれます。四半世紀前の出来事を思い出させてくれた今年の開幕戦。これからもスポーツイヤーの熱い戦いを注視していきます。

文:編集部KU